マーベリック(Maverick)という言葉には何か心地よい響きがある。米国の空対地ミサイルのことではない。群れない、孤独を好むという言葉である。元々は子牛に焼印を押さなかった開拓者の名前に由来するそうだが、焼印のない子牛、転じて無所属の人や異端者や一匹狼のような人を謗るように言うらしい。

「群れない」という言葉には「自己」が明確に意識されている。「流されない」も同様である。確固たる自己、自主、自立がなければ群れたがるし、流されやすい。群れないということと友人の多寡は関係がない。たくさんの友人と関わりながらも群れない、流されないことが大切だと思う。

日本人は謙虚で奥ゆかしく、崩れてきたとはいえ道徳観も倫理観も多くの日本人の根底にある。大震災の時にも暴動や略奪など起こらず、不埒な行為をするのは他国者だった。我慢強さもあり列を乱すこともほとんど無い。ことさら特別な意識も持たないこれらの特性が海外からは特別な美徳の特性と受け止められている。正直で素直だから、おれおれ詐欺の被害額も増え続けている。現象はどうあれ、社会環境に安らぎと安寧をもたらしている要因であることは間違いない。

反面、村社会の成り立ちと教育も相俟って「同質」を殊の外尊ぶことが、これからの社会の弊害になる危惧がある。「出る杭は打たれる」に始まり、同質でないものは「つまはじき」、「かやの外」、「村八分」というハラスメントに晒される。そんな環境にいると「自己」が消されていく。個性に寛容ではないからだ。だから「異端」いう言葉さえネガティブに捉える人が多い。堂々と異端でいることが許されない。それではこれからの時代に世界と互角に渡り合うことはできない。個性を生かし、異質を受け止め、異端・異能を伸ばしてこそ新しい価値の創造もできるというものだ。

日本人は備わっている特性を生かしながら、もっとマーベリックであっていい。個が自立する社会はもっとも生き甲斐を感じることが出来るはずだ。群れないし、流されないし、頼らないが、必要な時には自然に他人に手を差し伸べられる、そんなマーベリックな人でありたい。

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